「争乱の舞台となった滋賀」
滋賀県は古くより大和朝廷の領土とされていて、平城京以前の歴史として近江京や紫香楽宮が設置されたこともあり、都の近くとして繁栄してきました。しかしながら、京の都に近かったことで権力争いの紛争の舞台となることもたびたびあり、その戦いの歴史は豊臣秀吉によって天下が統一されるまで続きました。特に織田信長の時代には勢力を増した比叡山延暦寺を巡って激しい争いがあり、全山焼き討ちされるという悲劇も起きています。近江の人々はそんな苦難を乗り越えて商工業を発展させ、活気ある街を作りだしたのでしょう。